距離感
人と関わると必然的にその人を知ることになる。
その人を知ると、距離が縮まっていく。
職場に少し苦手な人がいる。
何かあったわけではない。
単純に第一印象で、なんとなく合わないなと感じただけの人。
だからといって避けるわけでもなく、とは言え仕事でとくに関わることもない。
あちらも親しくない相手に用事もないのに話しかけてくるタイプではなく、私の名前すら覚えていない、挨拶と事務的な会話をするだけの間柄だった。
その関係性に進展があったのはつい先日のこと。
彼女から初めて仕事の依頼が舞い込んできた。
普段他の人に仕事を依頼している彼女を見ていると、かなり大雑把に「あとはよろしく!」と任せているようだった。
私に対しても「いつまでにやっといてね」という感じで来るのかと思ったが、案外と細やかな気遣いをしていただけた。
私がどれくらいの仕事量をこなすのか知らないこともあり、私の普段の仕事優先で構わないことや手に負えなければできるところまででそのまま戻していいことを伝えてくれた。
納期についても「逆にいつまでにできる?」と私に確認したうえで、かなり余裕のあるスケジュールを設定してくれた。
ひねくれた見方をすれば私の能力を全く信用していないと見ることもできるが、知らない相手と仕事をするのだからそれくらい慎重になるのは当然だと思った。
性格的には合わないが、きちんと仕事と向き合っていて相手への気遣いも忘れない素敵な人だと思った。
その後仕事は無事終わり、数日経ったある日、トイレでバッタリ鉢合わせた。
以前も同じシチュエーションがあったが、その時はお疲れ様ですと頭を下げる私に無表情で会釈するだけだった。
しかし今回、私が声をかけると彼女はにこやかに応え、さらに話しかけてくれた。
今回の仕事で彼女と話した時間は5分にも満たない。
共に過ごした時間は皆無だが、仕事を通して距離が縮まったことを実感した。
にこやかに話しかけてもらえるととても嬉しい。
笑顔の可愛い人だなと好感を抱く。
そして今日、彼女は満面の笑みで先の仕事の進捗を報告してくれた。
私の仕事は彼女に提出した時点で終了なので、その後の進捗は教えてもらわないとわからないし、教えてもらえなくても一切支障がない。
しかし教えてくれた彼女の心遣いがとてもとても嬉しかった。
またよろしく、と言ってもらえた瞬間、信頼関係が生まれた気がした。
納期の当日、追加の仕事を頼まれた。
ちょうどお昼に出ようと思っていた時間帯で、納期はその日いっぱいという約束だった。
お昼に出るか一瞬迷って、けっきょく私はその仕事を優先させた。
普段忙しい彼女が珍しく事務所にいるのだ。
早めに提出できれば、彼女がチェックできる時間が増えるかもしれない。
そう思って(それとお腹が空いたから早くごはんを食べたい一心で)急いで仕上げて提出すると、彼女は驚きながら受け取っていた。
私の気持ちまで受け取ってくれたのかはわからないが、私にならまたお願いしたいと思ってくれたことがとても嬉しかった。
嬉しいし素敵な人だと思うけど、やっぱり性格的にはどうしても合わないと思う。
この先彼女と友人として仲良くなることはないだろう。
それでも仕事を通じて彼女のことをもっと知り、距離は縮まっていくはずだ。
良いと感じる面も悪いと感じる面もあるだろう。
あまり近付きすぎない程よい距離感で付き合っていけたらいいと思う。